医療法人にしない理由は?法人化を検討すべきケースも解説
「開業医が医療法人にしない理由はなに?」
これから開業を検討しているなかで、このような疑問をもつ方がいるのではないでしょうか。
「医療法人」とは、病院、医師もしくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設することを目的として、医療法の規定に基づき設立される法人のことで、厚生労働省のデータ(令和4年時点)によると、一般診療所全体(105,182施設)の約43%(45,967施設)は「医療法人」が開設した診療所です。
一方で「個人」が開設した診療所の割合は約39%(40,064施設)であり、約4割は医療法人化していないといえます。この理由として、医療法人化のデメリットが関係している可能性があります。
本記事では、医療法人にしない理由や医療法人にするデメリット・メリットを解説していきます。さらに医療法人化を検討すべきケースについてもご紹介します。
判断に迷う「医療法人化」について理解を深めていきましょう。
目次
医療法人にしない理由
開業医が医療法人にしない理由として、接待交際費の経費計上に制限がある点や、税金面や金額面において出資金に対する配当ができない点などが挙げられます。
また、医療法人化すると各都道府県からの指導が厳しくなったり、事務処理が増えて手間がかかることが影響しているでしょう。
医療法人化のデメリット
開業医が医療法人化しない理由としては、以下のデメリットが関係しているケースがあります。
- 医師と法人の資金が区分けされる
- 残余財産が出資者に分配されない
- 借入金の引き継ぎが認められない
- 運営費用がかさむ
- 医療法人から退任させられるケースがある
- 法人設立のための手続きや運営に手間がかかる
- 業務が制限される
- 解散する際に時間がかかる
医師と法人の資金が区分けされる
医療法人化している場合、資金を医師が個人的に使用した場合、法人から借金しているとみなされます。
そのため、金融機関からの信用を損なう原因になり、新しい融資を受けにくくなる場合があるでしょう。
借入金の引き継ぎが認められない
医療法人化すると、設備投資(医療機器や内装工事など)で発生した費用は引き継ぎが認められます。
一方で、運転資金となる借入金は引き継ぎができません。クリニックの理事長が自身の役員報酬から返済をしなければならなくなります。
そのため、クリニックを開業する際は、設備投資に関わる資金を運転資金として借りないようにすることが大切です。
運営費用がかさむ
医療法人化した場合、厚生年金と社会保険に加入しなければならないため、必要経費が増えます。
たとえば、社会保険料は給与の約30%で、そのうちの半分を法人が負担する必要があります。院内のスタッフが増えるにつれて経費負担は増えていくでしょう。
また、医療法人化にともなう事務手続きを専門家(税理士・行政書士・司法書士)に依頼する場合は、その分の依頼費が発生します。
医療法人から退任させられるケースがある
医療法人の構成員である「社員」は、社員総会における議決権を有しています。
そのため、社員総会で社員の過半数が「理事長はクリニックに必要ない」と判断すれば、解任させられるケースがあります。
残余財産が出資者に分配されない
医療法人を解散する場合、残余財産は出資者に分配されず、国や地方公共団体にわたります。医療の公益性・非公益性を保つためです。
対策として、事前に解散時期を確定させたうえで、その時期までの役員退職金や役員報酬の支給計画を立てて財産を残さないようにする方法が挙げられます。
法人設立のための手続きや運営に手間がかかる
医療法人化するには、設立のための手続きや運営に時間と労力がかかります。たとえば、以下の届け出や報告をしなければなりません。
- 決算報告の届け出(年1回)
- 資産総額の登記(年1回)
- 監事による監査(年1回)
- 社員総会の開催(年2回)
- 理事会の開催(年2回)
- 役員重任の登記(2年に1回)
上記以外にもクリニックの所在地や法人名、定款の記載事項などの変更が必要になる場合は、その分の手続きが発生します。
手続きが多くなると事務的な負担が増え、本来専念すべきクリニックの業務に支障が出る場合があるでしょう。
業務が制限される
医療法人の業務範囲は以下の4つに分かれます。
- 本来業務
- 附帯業務
- 附随業務
- 収益業務
医療法人の非営利性として、厚生労働大臣が定める収益業務を行うことのできる社会医療法人(医療法や租税特別措置法が求める要件を達成した医療法人のみが成ることのできる類型)以外の医療法人では収益業務ができません。
そのため、敷地外に有する法人所有の遊休資産を用いて行われる駐車場業は経営できないなどの制限があります。
解散する際に時間がかかる
医療法人を解散する場合、各都道府県に届け出を出さなければなりません。また、法務局で解散の登記をおこなう必要があります。
都道府県によっては、最終的な許可が出るまでに約6ヵ月の期間が必要になる場合があります。
医療法人化するメリット
一方で、医療法人化には以下のメリットがあります。
- 所得税・住民税の最高税率が下がる
- 給与所得控除を受けられる
- 家族に役員報酬・退職金を支払える
- 継承対策につながる
- 事業拡大しやすい
医療法人化すると、所得分散による節税効果が見込め、継承対策や事業拡大がしやすくなるなどのメリットがあります。
所得税・住民税の最高税率が下がる
医療法人では所得税や住民税などの個人課税が法人課税に変更となり、最高税率が下がるため、節税効果が見込めます。
たとえば、個人のクリニックの場合、売上から経費を差し引いた年間事業所得に対して最大税率55%(所得税率45%、住民税10%)が発生します。
一方で、法人の税率は最大でも23.2%です。そのため、所得が大きくなるほど節税効果が見込めるでしょう。
給与所得控除を受けられる
個人の場合には、事業所得としてみなされ適用されなかった給与所得控除が、医療法人化することで、役員報酬として受け取れるため、給与所得控除が適用され、節税効果が期待できます。
家族に役員報酬・退職金を支払える
医療法人化すると、家族を役員にすることができ、役員報酬を支払うことが可能となります。これにより、個人の所得として分散させることができるため、節税効果が期待できます。ただし、役員として認められるには条件があるため、その点は注意が必要です。
また、退職金制度が利用でき、家族に対して退職金を支払うことも可能です。退職金を支払う側の医療法人は退職金を経費として計上でき、受け取る家族は退職金控除が適用されるため、節税効果が見込めます。
継承対策につながる
理事長の死去や引退などでクリニックを継承する必要がある場合、理事長交代の手続きのみで継承ができます。クリニックに関する土地・建物・設備などの財産は医療法人に属するため、継承後に手間のかかる手続きは発生しません。
一方で、個人クリニックの場合は廃院・開院手続きが発生したり、土地や建物などの財産を相続する手続きをしたりする必要があります。
事業継承を検討する際は、医療法人のほうがスムーズに手続きできるでしょう。
事業拡大しやすい
医療法人の場合、分院や介護老人保健施設など複数の施設を経営でき、事業拡大による売上増加も見込めます。
また、法人格を持つことで金融機関から融資を受けやすくなり、資金調達の幅が広がるメリットがあります。
クリニックが医療法人化を検討するべきケース
クリニックの医療法人化によるメリットとデメリットを理解したうえで、なお法人化すべきか悩む方もいるでしょう。その場合、以下のケースに合致するのであれば検討してもよいかもしれません。
- 年間事業所得が1,800万円を超えている
- 社会保険診療報酬が5,000万円を超えている
- 医療機器・什器などの償却期間(6年目)が終わる
医療法人化を検討する際は、年間事業所得や社会保険診療報酬、開業年数などを判断材料とすることをおすすめします。
年間事業所得が1,800万円を超えている
医療法人のクリニックとしての年間事業所得が1,800万円を超えている場合、個人で開業しているクリニックよりも大きな節税効果を生み出すことが可能です。
たとえば個人のクリニックの場合は課税額が1,800万円となり、所得税率は40%を超え、所得控除は約280万になります。
一方で医療法人クリニックの場合は課税額が1,605万となり、所得税率は33%に抑えられ、所得控除は約153万になります。
1,800万円を超える年間事業所得が想定される場合は、医療法人化を検討してもよいかもしれません。
社会保険診療報酬が5,000万円を超えている
社会保険診療報酬が5,000万円を超えると、概算経費(実際の経費ではなく社会保険診療報酬額で決められた分を経費として計上できる「医師優遇税制」)の利用ができなくなります。
そのため、クリニックの経営が安定し、社会保険診療報酬が5,000万円を超えた場合には、医療法人化を検討してもよいタイミングといえるでしょう。
医療機器・什器などの償却期間(6年目)が終わる
個人で開業した際に導入した医療機器の償却期間は6年目までと定められています。また、6年間の減価償却分として毎年経費計上できていたものが、7年目からは経費計上できなくなります。
医療機器の償却期間から外れると減価償却できなくなり、収益の増加とともに課税対象額が上昇するため、医療機器・什器の償却期間の終わるタイミング(開業7年目など)は医療法人化するタイミングといえるかもしれません。
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まとめ
本記事では、医療法人化のデメリットやメリットについて解説してきました。デメリットとしては、手続きや運営にかかる手間、法人化に伴う費用などがあります。一方、メリットとしては、所得に応じた節税効果や事業展開のしやすさが挙げられます。医療法人化を検討する際には、これらのデメリット・メリットを考慮した検討が必要です。
医療法人化を迷われる場合は、すぐに決断せず、開業後の収支を考慮した上で判断しても良いでしょう。ご自身の経営理念を実現できる選択をすることが重要です。
■参考資料
- 厚生労働省 医療法人の基礎知識
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/houkokusho_shusshi_09.pdf - 国税庁 No.2260 所得税の税率
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm - 国税庁 No.1410 給与所得控除
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm - 厚生労働省 租税特別措置等に係る政策の事後評価書
https://www.mhlw.go.jp/wp/seisaku/jigyou/13sozei02/dl/jigo_01.pdf - 厚生労働省 医療法人の業務範囲
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000901066.pdf