医局や病院の方針と合わない、理想の医療を提供したい
経験を重ね、医師としての信念や診療スタイルができあがってくると、医局や病院との方針のズレを感じることがあるかもしれません。
この記事では、医局や病院との方針差に関する調査や、「理想の医療を追求したい・提供したい」と転職した/転職を検討している医師の声をまとめ、その内容について解説します。
医師の転職理由にもなる、医局や病院との方針差
弊社が行った「院内人間関係アンケート調査」によると、「院内スタッフに対する不満」の中でトップにあがったのは「医療に関する考え方の不一致」で全体の24%でした。
また「院内のスタッフ間のトラブル」の項目での1位は、「性格の不一致」という個々の人間関係に関するものでしたが、2位は「治療方針の違いによる言い争い」が19%、そして3位には「派閥による争い」が18%でランクインしました。
約4割のトラブルが医師間、スタッフ間における方針の違いであることがわかります。
また、厚生労働省が実施した「医療施設の経営改善に関する調査研究」では、経営改善困難に陥っているケースの原因として、ニーズに合わない治療の提供を継続していることがあげられています。
さらに、医療現場では病院の経営者や開設者の高齢化が進み、時代に合った経営戦略を立てることが困難となっていることも指摘されています。これは、病院の経営や治療の方針に、若い医師や現役医師の意見が反映されにくい現状とも言えるかもしれません。
転職した/転職したい医師の声「医局や病院の方針と合わない、理想の医療を提供したい」
父のおかげで平和だった医局時代
年齢 | 41 |
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性別 | 男性 |
専門科目 | 内科 |
専門医/資格 | 日本内科学会認定 総合内科専門医 |
役職 | 院長 |
所属 | クリニック |
年収 | 前職:1,200万 → 現在:1,400万 |
転職回数 | 1 |
私が所属していた医局は、ドラマのような派閥のある医局でした。教授のご機嫌ひとつで地方行きという環境です。
幸い私の場合は、当時の医局トップと父が懇意であったため、比較的、平和な医局生活だったと思います。「40歳になったら父のクリニックを継ぐ」と、周りにも話していた経緯もあり、派閥争いに巻き込まれることもありませんでしたし、遠方への転属もありませんでした。
しかし、37歳のときにトップが変わった瞬間、かなり不便な地方への転属命令がありました。急な転属でびっくりしましたが、あと数年の辛抱だと思い単身赴任を決めました。そして現在は、実家のクリニックを継いでいます。
うちは妻も医師をしており、当時は妻も同じ医局務め。妻は、お偉方の機嫌を取るのがとても上手で人間関係の構築もうまく、なにも問題はなさそうでした。
一方の私は、とても不器用な性格。「お父さんがいなかったら、定年まで医者がいない孤島だったわね」なんて、言われています。
「医師の悩みは患者の容体だけ」という環境こそ医師の理想だと思います。経験を積むために医局で頑張ってきましたが、医療以外のしがらみが多い医局での環境に、ずっと違和感を持ち続けてきました。いまは自身のクリニックがそういった環境にならないよう、医師や看護師と連携を取り運営を進めています。
わたしに合っていた、産業医という仕事
年齢 | 31 |
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性別 | 女性 |
専門科目 | 産業医 |
専門医/資格 | 未取得 |
役職 | 産業医 |
所属 | 企業 |
年収 | 前職:700万 → 現在:1,200万 |
転職回数 | 1 |
大学病院に勤務していたころの話です。
病院や医局が求めるのはあくまで、病気を治すための医療。私が求めていたのは、病気を予防する医療です。どうすれば、自身が目指す医療を提供できるか考えましたが、医局内ではそれを実現するのは難しいという結論に至りました。
かといって、どうすれば自身がやりたいことができるのかがわからず、7社くらい紹介会社に登録。2、3ヶ月くらいは、健康診断のアルバイトをしていました。
するとあるとき、「病気を予防したいのであれば、産業医がいいのでは?」と勧められました。話を聞くと、業務が病につながらないようにする取り組みや、病院に行くほどではない症状の相談などを行っている会社も多いとのこと。そして、エージェントを通じて求人を探し、転職。現在は産業医として、工場で勤務する方たちの体に、負担がないよう研修を行ったり、肩こりや腰痛がある方にアドバイスしたり、予防のための医療に従事しています。
経験をもとにした、感謝される医療の提供
年齢 | 29 |
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性別 | 男性 |
専門科目 | リハビリテーション・産業医 |
専門医/資格 | 未取得 |
役職 | 産業医 |
所属 | 企業 |
年収 | 前職:400万 → 現在:1,000万 |
転職回数 | 1 |
医局にいたころは、医局のルールに従い決められた事務作業をこなすだけで、業務改善などを提案することができずとても窮屈でした。
提供する医療についても法律的な制約・保険診療に縛られていることが多く、本当に患者さんのためになっているのか疑問でした。
私自身が本格的にスポーツをしている背景もあり、軟部組織リリースという徒手療法や、入谷式足底板というインソールなど、実用的なリハビリ技術を学んでいたので、どこにどの技術を使えば良いかを日頃から考えていました。
しかし、周りの医師は実用的技術を勉強することなく、また、患者さんのリハビリをイメージすることなく、「筋力増強訓練」や「関節可動域訓練」といった抽象的なカルテを作成します。私はこの状況にとても歯痒い思いをしていました。
思い悩んだ結果、私は医局を辞めました。そして現在は産業医として働く傍ら、自由診療のサービスを提供しています。
医局の場合、医師がリハビリスタッフの得意分野を把握して、処方することは殆どありませんでしたが、現在はリハビリスタッフの手技特徴を理解し、患者さんにとって適切なスタッフを指名したうえで、リハビリを行っています。
保険診療の範囲でできなかった医療を提供することで、感謝されることも多くあります。業務の改善や工夫を自分の意思で進めることで、人間としても成長できているように思います。
転職という負担を選ぶか、我慢という負担を選ぶか
人が変化を恐れるのは、これまで持っていた情報が使えなくなるために、脳がストレスを感じるからだと言われています。すでに習慣化しているものを変えるのには、大きな労力が必要です。
一方で人は、「やりたくないこと」をするときにも大きなストレスを感じます。医師としての経験を重ねる中で固まってきた信念が、病院側との方針とずれていれば、自分の意思に反した働き方をしなければなりません。
流れを変えるストレスと、我慢するストレスを比較したときに、後者が上回ってくると、人は「変化」を起こそうとします。
しかし、個人では「改善したい」「もっと工夫したい」という思いがあっても、職場にはすでに全員の中に習慣化した「流れ」があります。その「流れ」は大きな病院、歴史の長い病院になればなるほど強大なものに。逆らうことは難しいかもしれません。
自身の我慢が限界を迎え、周囲の変化も難しいとなれば、新しい場所を求めたくなるのも無理はないこと。むしろ、新たな環境でこそ、理想の医療に近づけるケースも多いかもしれません。
組織の中で働く以上、なにもかもが思い通りにいくなんてことは難しいと思います。もちろん開業しても、転職しても、小さな我慢がつきまといます。でも、それに勝る自分の信念や理想を抱いているのなら、その気持ちを信じて一歩踏み出してみるのもひとつ。
たまたまこのサイトをみて、これを読み終えた今日は、二度とこない今日です。一日一日、医師としてどういう人生を歩んでいくか、どういう人生を歩んでいきたいか、こういうコラムを読んだ日だからこそ、考えてみてはいかがでしょう。
転職の主な原因となる6つの理由