【第1回】開業の決断
医師の人生にとって大切なことは、1年先、3年先、5年先そして10年先にどんな医師でありたいか、どんな生き方をしたいのかという長期的視点でのイメージを持つことだと言われます。医院の開業は医師の志をかなえる大きなチャンスであると共に、経営者として新たな(もしくは未知の)領域に進んでゆくこととなります。それは医師としてのみならず、ご家族も伴った人生の大きな転機となります。
PHC株式会社がシリーズでお届けする「ここから始める医院開業」第1回は、開業を目指されるドクターが、将来のシナリオを描きながら、計画的な開業に踏み切るための方法をお届けします。
1. 開業のメリット・デメリット
開業するか否か!?客観的な判断のために
「医者の不養生」とはよく言ったものです。長時間労働が常態化している多くの勤務医にとって、充分な睡眠や適度な運動、バランスのとれた食事は、想像以上に手に入れがたいものだとか。
なかには過酷な労働環境から抜け出そうと「クリニック開業」を模索する先生方も相当数いらっしゃるでしょう。ですが、そんな現実逃避にも似た消極的な動機で、クリニックの経営を軌道に乗せていくことができるでしょうか。あえて厳しく言うならば、そもそも開業すら難しいかもしれません。
漠然とした開業願望に流される前に必要なのは、クリニック開業の具体的なメリットとデメリットを知ること。客観的な判断材料を揃えてこそ、明確な人生設計ができるというものです。
開業医の平均年収は、勤務医の約1.7倍!
開業医として独り立ちすることの大きなメリットとして、まず収入の増加があげられます。厚生労働省の調査によれば、病院勤務医の平均年収は1,479万円だったのに対し、開業医の場合は2,500万円ほど(平成21年度「医療経済実態調査」より)。約1.7倍もの格差、しかもそれを得るための労働時間も短くて済むとなれば、開業医に憧れるのも無理はありません。
ですが、その魅惑の高収入も経営状態しだい。収益が常に安定しているとは限らないのです。また、開業時に借り入れた負債の返済義務に加え、24時間負うことになる経営者としてのプレッシャーは、医療面だけに集中したい医師にとってはかなりのマイナスポイントだと感じられるはず。
その責任とリスクを負えるかどうか、ぜひご自分にとっての「働くことの意義」を見つめ直して検討なさってください。もしもその覚悟があるのなら、大幅な年収アップの可能性もある開業を選択しない手はないと言えるでしょう。
開業することは、理想の医師像に近づくこと
また、自分なりのスタイルでしっかり患者と向き合えることも、医療従事者としては無視できない開業のメリットです。勤務医と違って仕事の裁量は自身で決定できるため、自己の診療ポリシーを貫き通すことができますし、医局での人間関係に煩わされることもありません。
うまく時間をやりくりすれば、プライベートの時間もたっぷりと確保でき、ひいては仕事への意欲もより高まっていくことでしょう。さらにこれらのメリットは、質の良い医療の提供という、新たなメリットにも繋がっていくはずです。ただし、この自分のペースで医療行為を実践していける点についても、メリットとデメリットは表裏一体。
時間や労務の管理が苦手な先生の場合、勤務医時代以上のハードワークになり得るため、自身の適性を事前に見極めておくことが重要です。同僚の先生方から客観的意見を募ってみても良いでしょう。
一国一城の主となり、地域住民の健康に貢献する…。夢だったワークライフバランスを実現し、医師として、そして人として充実した日々を送る…。開業後の自分自身にそんなイメージを持つことができるのなら、今こそ決断すべきタイミングなのかもしれません。どうか心の軸をブラさないよう、周囲に流されることなく熟考なさってください。
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2. 経営理念の意義とは
理念は自らを鼓舞する力になる
クリニック開業の決心がついたら、ぜひとも行っていただきたいことがあります。それは“経営理念”について熟考すること。たとえば「私は○○な医療を目指しています。だから私のクリニックは○○です」というように、できれば明確な文章として表現できるまで思案に思案を重ねてみてください。
実際のところ、開業という一連の行動には、心身ともにかなりのエネルギーが必要となってくるものです。開業時期や場所・施工業者の選定に加え、資金調達やスタッフの採用、オープン広告に内覧会の手配などなど…。生まれて初めての経験に、戸惑うことや不安を覚えることも多いでしょう。そんなとき、「そもそも自分が独立したのは○○のためなんだ!」と気持ちを後押ししてくれるのが経営理念なのです。納得いくまで考え抜いた“ブレない軸”だからこそ、自らを奮い立たせる原動力となり得ることを心に留めておいてください。
開業に関する作業もスムーズに
意外に思われるかもしれませんが、理念がキッチリ決まっていると開業にまつわる様々な実作業を行っていくうえでも有利に働きます。たとえばスタッフを採用する際。大事なクリニックの一端を託すのですから、「他のクリニックより待遇が良さそう」だとか「なんとなく雰囲気が気に入って」というありがちな理由での応募者よりも、苦労も喜びも分かち合える高い志を持った人に集まって欲しいもの。もし募集時に経営理念をしっかりと掲げていれば、熱い気持ちで賛同してくれる人も集まるはずです。
また、開業場所や導入する医療機器の選定時も、明確な理念があると迷うことも少なくなるでしょう。「なぜその場所にすべきか」や「なぜその機器が必要なのか」という疑問を理念に照らし合わせることで、選択肢を早々に削ぎ落とし、問題の本質に集中できるからです。人員や土地、機器を選ぶ──。これらの重要な局面で、経営理念はクリニックが進むべき方向を示す「旗印」としても機能してくれます。
真の生き甲斐や願望から理念は生まれる
「では具体的にどんな理念を立てればいいの?」と思われた先生もいらっしゃることでしょう。しかし申し訳ないことに、一言一句ご説明することはできません。なぜなら理念というものは、ご自身の心の奥底にある、真の生きがいや願望を投影したものでなければ意味がないからです。いくら耳に心地良く響いても、どこかで聞いたような借り物の言葉ではブレない軸とはなり得ません。それでも考えがまとまらない時は、すでに独立されている先生に意見を聞いてみることをおすすめします。ただし理念自体を模倣するのではなく、それを導きだした考え方や姿勢を学ぶようにしてください。ご自身ならではの“真にオリジナルの理念”を生み出すことを、常に意識しておきましょう。
経営理念とは、クリニックのアイデンティティであり、クリニック経営という長い航海に出るための羅針盤でもあります。もし「理念なき開業」が実現したとしても、将来困るのは先生ご自身です。困難にくじけそうになったとき、いつでも初心に返り前を向いて歩き出せるよう、今この時期にじっくり思案なさってください。
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